COMPANY ご挨拶

会​長 ​轟 豊蔵

1965年の創業以来、けっして順風満帆ではありませんでした。むしろ日々苦難の連続だったと言えるでしょう。しかし苦しければ苦しいほど、社員一丸となって、熱意を燃やし、その度に、「閃き」が生まれました。その「閃き」こそを糧に、この構造不況業種とさえ言われる国内皮革業界を支え、世界に誇りうる「日本の靴づくりの技術と品質」を守り、高めてきました。この実績と努力をもって、いまこそ当社は、「オール・メイド・ジャパン」&「ハーフ・メイド・ジャパン」の両輪を生かした、しなやかな生産機動力によって、世界のシューズマーケットに「さすが日本の『サンダーシューズ』」と言わしめる製品を届けて参ります。何卒、今後とも、倍旧のご支援、ご期待のほど、お願い申し上げます。

加盟団体
<活動内容>
一般社団法人 日本善行会 台東区支部長
一般社団法人 日本善行会 東京ブロック長
東京都警察官友の会 常任理事
東京都警察官友の会 浅草支部長
一般社団法人 浅草観光連盟 理事
台東区石浜一丁目町会 町会長

代表​取​締役 轟 秀貴

先代社長(現会長/轟豊藏)より、社長職を継承して以降、私が、自戒としてきたのは「力を出しきれる会社サンダー商事」の基盤を盤石にすることでした。そのために私は、「靴を考え、靴を作り、そして靴を売る」その基本となるべき現場において、社員全員の可能性をとことん引き出し、発揮させることに注力してきました。今後、私たちサンダー商事がめざすのは、国内での競争力の向上は言うに及ばず、世界のマーケットでのさらなるブランド力の向上です。そしてこの競争力とブランド力の向上を果たすために、より一層明確な商品戦略とチャンネル開拓を経営の基本に据えて参ります。「雷鳴」とどろくが如き、当社の今後の奮闘に、何卒ご支援、ご期待のほど、よろしくお願い申し上げます。

加盟団体
<活動内容>
​東京​都​皮革​産業​健康​保険​組合 ​議​員
​一般​社団法人​日本​皮革​産業​連合会​ 理​事
​全​日本​革靴​工業協同​組合連合会​ 理​事
東​都​製靴​工業協同​組合 理事
浅​草法人​会​
東京桜会

Initiatives 取り組み

日本の​皮革産業の​集積地​「浅草」。
​その​「浅草」に​あってこその
​サンダー商事は、​
​その​自負と​責任で、​地域と​業界の​活性化に​努めています。​

地域​密​着​

浅草の製靴業は厳しい環境で事業者が減少しています。その中でサンダー商事は地域の事業者と協力し、「靴のまち浅草」を発信するために「靴まつり」を開催。春は玉姫稲荷神社の「こんこん靴市」、秋は感謝を込めた「靴のめぐみ祭り市」として展開し、日本最大級の靴イベントとなっています。2013年には800人同時の靴みがきでギネス世界記録も達成しました。

地域​密​着​

人​材育​成

サンダー商事が実行委員長を務めた「靴のめぐみ祭り市」では、2007年から「日本シューズベストドレッサー賞」を開催し、2015年には「クラフトマン部門」を新設。将来のトップシューズデザイナーを発掘・育成するため、毎年優秀者を選出し、メディアを通じて発信してきました。

人​材育​成

社会​貢献​

サンダー商事は、地元・浅草の靴事業者とともに、「靴のめぐみ祭り市」及び「こんこん靴市」実行委員会として、日本赤十字社より「金色有功賞」を受賞いたしました。この日本赤十字者からの顕彰は、私ども自身の日々の事業の励みともなっています。

社会​貢献​

History 沿革

サンダー商事 50年の​あゆみ​​

  • 1965

    現会長、轟豊蔵が東京都台東区橋場1-30-2に製靴業創業

  • 1971

    サンダーシューズ株式会社を設立(資本金3千百万円)
    轟豊蔵代表取締役に就任

  • 1972

    一世を風靡したパシュロンシューズを発表、文字通りサンダーの社名を全国に轟かす

  • 1973

    東京都台東区日本堤に最新鋭の機能を備えた5階建てビルを完成

  • 1974

    最新鋭のコンベアシステムを導入

  • 1975

    東京・浅草新仲見世通りに小売店開業

  • 1976

    東京・小岩駅前通りに小売店出店

  • 1977

    サンダー商事株式会社設立(資本金3百万円)
    轟豊蔵代表取締役に就任

  • 1978

    メッシュシューズの大量受注と量産化に成功

  • 1979

    ブーツを大量受注し量産システムを確立

  • 1980

    テキサスブランド権取得

  • 1981

    東京都台東区に千束工場増設

  • 1982

    資本金8百万円に増資

  • 1983

    振出手形全面廃止により身軽な企業展開を図る

  • 1986

    「フェラーリ」ブランドの使用権取得

  • 1988

    生産性の一層の向上を図るため山形県新庄に工場用地を取得
    株式会社新庄工場を設立(資本金5百万円)
    轟豊蔵代表取締役に就任

  • 1989

    資本金2千万円に増資

  • 2000

    山本寛斎プロデュース 人間讃歌ライセンス取得

  • 2007

    東京都台東区清川1-21-3に工場移転

  • 2010

    東京都台東区清川1-21-4に本社移転

  • 2011

    轟豊蔵、取締役会長へ就任
    轟秀貴、代表取締役社長へ就任

  • 2017

    東宮御所にて皇太子殿下にご接見
    (長寿善行者)の栄に